「緊急事態宣言」は本当に意味がなかったのか?【中野剛志×佐藤健志×適菜収:第2回】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「緊急事態宣言」は本当に意味がなかったのか?【中野剛志×佐藤健志×適菜収:第2回】

「専門家会議」の功績を貶めた学者・言論人

■西浦教授が「42万人死亡試算」を出した理由

中野:行動変容が本当に難しければ国家として強制的に、罰則付でロックダウンをするしかないんですけど、日本はそれをやらないし、法律上できない。

佐藤:「できない」は逃げ口上です。本気なら必ずやれる。

中野:本当はね。

佐藤:わが国の政府は、憲法9条と自衛隊の存在を両立させる芸当をやってきた。ロックダウンを正当化する理屈の一つや二つ、考えつけないわけがない。中野さんの存在が証明するとおり、官僚は今なお優秀です。

中野:私が証明しているかは別にして、法律を変えればできますよ。

佐藤:最も簡単なのは、憲法25条を持ち出すこと。「国民に健康で文化的な生活を営む権利があることは憲法が保証している。それを守るためにロックダウンするのだから、ロックダウン反対こそ違憲だ」と主張すればいい。
 では、なぜそうしないか。この場合、ロックダウンは国民の権利を守るために行うものになる。ならば経済的損失は補償されて当然。これを避けたいからです。「国民の命よりプライマリーバランス」という話。

中野:そうですね。ちなみに、8割削減という厳しい措置の方が、より短期間で解除できるというのが西浦先生のお考えだった。決して経済的損失を無視していたわけではないのです。しかも、西浦先生は休業補償が必要だと言っていた。(https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura
行動制限措置をできるだけ短期間で済ませつつ、その措置の期間中は財政出動で休業補償するというのは、確かに最適解です。

佐藤:財政出動を最小限に抑えたまま、どうにかパンデミックを切り抜けようとする基本姿勢が間違っているんです。第1回の冒頭で適菜さんが仰ったとおり、太平洋戦争とまるで同じ。
 「国力がまるで違うアメリカと全面的にぶつかって、なお勝利に持ち込む」なんて、真面目に考えたらできるはずがない。無理にやろうとしたら最後、純情で真面目な人ほどメチャクチャを言い出すし、振る舞いが無責任になる。そうするしかないからです。
 こうして自分でも気づかぬうちに不純で不真面目となり、かつ現実から切り離される。都合の悪い情報は、もともと頭に入らないか、入ってきてもすぐに消えます。でないと精神のバランスが保てません。
 あとは、そういう主張が支持されるかどうかなんですよ。「大衆」と「庶民」を区別し、後者には知恵があると言ったのは西部邁さんです。庶民の知恵を持っている者は、専門的な知識がなくても、いい加減な行動制限緩和論に耳を貸すはずがない。
 適菜さんが安倍内閣批判に際して仰ってきたことを、そのまま適菜さんに申し上げたいですね。問題は行動制限緩和論者じゃなくて、この手の主張がそれなりに注目される日本社会のほうであると。

適菜:そうです。そして「この手の主張」に多くのメディアが飛びついたわけです。

中野:行動変容がとてつもなく難しい問題だというのは、何も社会科学を囓らなくても、我が身を振り返れば大体わかることです。藤井氏は分かっていなかったようですが、西浦先生はよく分かっていた。だから42万人死ぬっていう恐怖シナリオを出して行動変容を促したのでしょう。ところがそれが批判されているわけですね。でも、西浦先生は自分ではっきり言ってましたけど、アンダーリアクトよりもオーバーリアクトと言っていて、控えめに言うより大げさに言うほうがリスク評価としては正しいのだそうです(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93561.php)。

適菜:たしかにリスクマネジメントとしてはオーバーに言ったほうが正しい。

佐藤:リスクマネジメントの鉄則は「ミニ・マックス法」です。最悪の事態を想定して、そうなってもベストの結果が得られるように行動する。国民規模で行動変容を達成することの難しさを考えたら、オーバーリアクトは完全に適切な手法です。
 だいたい、行動制限緩和論者も恐怖シナリオを持ち出している。オーバーリアクトをやっているんですよ。経済被害の深刻化により、困窮して自殺する人が大量に増える、こちらのほうが感染被害よりずっと大変だと主張したのです。
 では、自殺者は何人増えるのか。藤井さんの率いる京都大学レジリエンス実践ユニットが発表した試算によれば、14万人から27万人。もっとも14万人というのは今後20年間の累積、27万人にいたっては今後28年間の累積とのことですが、それはよしとしましょう。2020年の自殺者数の予測は、試算に付されたグラフを見ると、去年(2万0169人)と比べてだいたい1万人〜1万2千人増となっていました(4月30日付プレスリリース、http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/documents/corona_suicide_estimation_pr.pdf#search=%27藤井聡+コロナ+自殺者%27)。
 しかるに実際の数字を見ると、2020年1月から6月まで、自殺者はすべて前年同月比マイナス。7月こそ前年同月比2人増となりましたが、全体では1000人近く減っています。わけても緊急事態宣言が出ていた4月と5月は、それぞれ326人、289人の大幅減(警察庁Webサイト、2020年8月14日集計の暫定値。https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/202007zanteiti.pdf)。
 駄目押しというべきか、去年の自殺者数そのものが、警察庁が統計を取り始めた1978年以来、最も少ないとくる。このままいくと2020年、自殺者の数は過去42年間で最少を更新する可能性が高いのです。とうてい西浦さんを批判できた義理ではありません。
 ただし行動制限緩和論者は行動制限緩和論者で、独自のリスクマネジメントをしている可能性が高い。自分にとって最も都合の悪い事態を想定して、そうなっても精神の安定を保てるように行動していると見受けられます。むろん、これも立派な「ミニ・マックス法」。
 どうやって精神の安定を保つか。最も簡単なのは、都合の悪い情報を遮断することです。そうすれば何が起ころうと、自分の間違いや矛盾を自覚せずにすむ。この状態を「爽快」と呼ぶわけです。

中野:そりゃそうだ。でも、そうなると、いくら批判しても無駄ですね・・・。

佐藤:爽快型のリスクマネジメントは、コスパも良ければ効果も高い。ただ、残念ながら重大な欠陥があります。つまり自滅的。現実を拒絶しているんだから当然でしょう。
 2010年代、日本人の多くはこのようなリスクマネジメントを実践した。祖国の衰退・没落が進行しているがゆえに、「日本はすごい国だ、必ず再生する」と懸命に信じこみ、都合の悪い情報を拒みつづけたのです。
 2007年、一人当たりGDPでシンガポールに抜かれ、2010年にはGDPで中国に抜かれたのを振り返れば、心情はよく理解できる。アメリカの現地妻にすぎない屈辱を、「だけどアジアでは自分たちがトップだから」と言い聞かせることで埋め合わせるのが、戦後日本のテンプレでしたからね。

適菜:そこに東日本大震災が来る。

佐藤:耐えきれなくなって、爽快な夢へと引きこもったわけです。しかし今や、その夢が崩れつつある。新型コロナはとどめを刺したと言えるでしょう。

(第3回へ続く)

 

中野 剛志
なかの たけし

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。最新刊は『日本経済学新論』(ちくま新書)は好評。KKベストセラーズ刊行の『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編』』は重版10刷に!『全国民が読んだから歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』と合わせて10万部。


佐藤 健志
さとう けんじ

評論家

1966年東京都生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒。1989年、戯曲「ブロークン・ジャパニーズ」で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞受賞。主著に『右の売国、左の亡国』『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』『僕たちは戦後史を知らない』『夢見られた近代』『バラバラ殺人の文明論』『震災ゴジラ! 』『本格保守宣言』『チングー・韓国の友人』など。共著に『国家のツジツマ』『対論「炎上」日本のメカニズム』、訳書に『〈新訳〉フランス革命の省察』、『コモン・センス完全版』がある。ラジオのコメンテーターはじめ、各種メディアでも活躍。2009年~2011年の「Soundtrax INTERZONE」(インターFM)では、構成・選曲・DJの三役を務めた。現在『平和主義は貧困への道。あるいは爽快な末路』(KKベストセラーズ)がロングセラーに。


適菜 収
てきな おさむ

1975年山梨県生まれ。作家。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)、『遅読術』、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』(KKベストセラーズ)など著書40冊以上。現在最新刊『国賊論~安倍晋三と仲間たち』(KKベストセラーズ)が重版出来。そのごも売行き好調。購読者参加型メルマガ「適菜収のメールマガジン」も始動。https://foomii.com/00171

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[caption id="attachment_1058508" align="alignnone" width="525"] ◆成功体験のある人間ほど失敗するのはなぜか
◆ 新型コロナが炙り出した「狂った学者と言論人」とは
高を括らず未知の事態に対して冷静な観察眼をもって対応する知性の在り処を問う。「本質を見抜く目」「真に学ぶ」とは何かを気鋭の評論家と作家が深く語り合った書。
はじめに デマゴーグに対する免疫力 中野剛志
第一章 人間は未知の事態にいかに対峙すべきか
第二章 成功体験のある人間ほど失敗するのはなぜか
第三章 新型コロナで正体がばれた似非知識人
第四章 思想と哲学の背後に流れる水脈
第五章 コロナ禍は「歴史を学ぶ」チャンスである
第六章 人間の陥りやすい罠
第七章 「保守」はいつから堕落したのか
第八章 人間はなぜ自発的に縛られようとするのか
第九章 世界の本質は「ものまね」である
おわりに なにかを予知するということ 適菜収[/caption]

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